同調から調和へ✨
同調と調和は何が違うと思いますか。
同調というのは同じ波動の中で共鳴すること。
調和は同じ波動に留まらず、結果的に整い和合していくこと。
もっと解りやすく伝えましょう。
「電車の隣の席の人が風邪を引いていたみたいで、移ってしまった」
「友人が会社の人にいじめられていて、共感して腹がたった」
「母が愚痴ばかり言うので、もういいかげんにしてと怒った」
「戦争とか、もうたくさんだから反対運動に参加する」
これらはどれも、「同調」です。
同じ波動の中で物事が行なわれています。
隣の席の人の咳に「あ、嫌だな」と意識がそこに向いたら共鳴して、まさに引っ張ってきます。
だから「風邪を引く」と言います。
愚痴はもう聞きたくないと怒った、戦争反対、これらは同じ周波数を違う角度から視ているのです。
これまでは、「同調、共感の時代」で、それが良いことと思われてきました。
けれど結局、その方法では誰も幸せになりませんでした。
「母の愚痴にずっとつき合っていたら、自分の体調が悪くなったので、聞くのをやめたら、母が誰も話を聞いてくれないと文句を言った」
「友人の会社の話をずっと聞いていたら、会っても楽しくなくなった」
では調和はどのようにしたら良いでしょうか。
あなたは自分のハートに意識を向けて、相手に解って欲しい、こうなって欲しいなどコントロールしたい気持ち、相手を否定したい気持ちなどを手放して、ただ、自分が感じていることを「言う」(表現)するのです。
友人がいじめられたと訴えたならば、「同じ土俵に降りないほうがいいよ」
母親が愚痴ばかり言っていたら「お母さんはいつも楽しそうだね」等です。
これはどれもわたしが経験したことです。
相手に解って欲しい、なんとか変わって欲しい、という思いを手放して、ただ「表現」をするだけです。
もう共鳴しない、同調しないのです。
この現実を使ってとにかくまずはあなた一人が上がって、「平和」へ戻っていくことです。
同じ波動の中からは何も生まれません。
現実を丁寧に使うことでわたしたちはどこまでも軽やかに上がっていくことができます。
ここがイリュージョンだというならば、この世界を存分に使って「本当の調和」をあなたが生み出していくのはいかがでしょうか。
同調というのは同じ波動の中で共鳴すること。
調和は同じ波動に留まらず、結果的に整い和合していくこと。
もっと解りやすく伝えましょう。
「電車の隣の席の人が風邪を引いていたみたいで、移ってしまった」
「友人が会社の人にいじめられていて、共感して腹がたった」
「母が愚痴ばかり言うので、もういいかげんにしてと怒った」
「戦争とか、もうたくさんだから反対運動に参加する」
これらはどれも、「同調」です。
同じ波動の中で物事が行なわれています。
隣の席の人の咳に「あ、嫌だな」と意識がそこに向いたら共鳴して、まさに引っ張ってきます。
だから「風邪を引く」と言います。
愚痴はもう聞きたくないと怒った、戦争反対、これらは同じ周波数を違う角度から視ているのです。
これまでは、「同調、共感の時代」で、それが良いことと思われてきました。
けれど結局、その方法では誰も幸せになりませんでした。
「母の愚痴にずっとつき合っていたら、自分の体調が悪くなったので、聞くのをやめたら、母が誰も話を聞いてくれないと文句を言った」
「友人の会社の話をずっと聞いていたら、会っても楽しくなくなった」
では調和はどのようにしたら良いでしょうか。
あなたは自分のハートに意識を向けて、相手に解って欲しい、こうなって欲しいなどコントロールしたい気持ち、相手を否定したい気持ちなどを手放して、ただ、自分が感じていることを「言う」(表現)するのです。
友人がいじめられたと訴えたならば、「同じ土俵に降りないほうがいいよ」
母親が愚痴ばかり言っていたら「お母さんはいつも楽しそうだね」等です。
これはどれもわたしが経験したことです。
相手に解って欲しい、なんとか変わって欲しい、という思いを手放して、ただ「表現」をするだけです。
もう共鳴しない、同調しないのです。
この現実を使ってとにかくまずはあなた一人が上がって、「平和」へ戻っていくことです。
同じ波動の中からは何も生まれません。
現実を丁寧に使うことでわたしたちはどこまでも軽やかに上がっていくことができます。
ここがイリュージョンだというならば、この世界を存分に使って「本当の調和」をあなたが生み出していくのはいかがでしょうか。
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