皆が神であるということ
宇宙の「源」がすべての根源で、ここから全てが産み出されているならば、「源」は、わたしたちの「親」です。そして魂的にはわたしたちは皆「源の分け御霊」です。
「すべての人」が「源の分け御霊、つまりそれぞれが神である」と腑に落としたら「人を助けたい、寄り添ってあげたい」という気持ちはどうなのでしょうか。
その人も「神」であるのに、その人の力を見損なっているということになります。
大切なのはあなたの後ろに隠れている感情です。「可哀想、なんとかしてあげたい、」というものです。
皆同じ「神の分け御霊」で、その人は「自分が神であること」を忘れているだけなのです。
お互いが「神」であるというところから関わるのならば、「可哀想、心配」という重たい感情はなくなります。
「可哀想、なんとかしてあげたい、」という感情の後ろには、「優劣感、その人の人生をコントロールしたい」という思いが隠れていることがあります。
まずは自分自身を視て、その感情を手放していきます。
そういった不必要な感情を手放した上で、関わることが大切です。
皆が「完全な意識で神である」ということが落とし込まれると、すべての人の「神である一部」が選択している人生で今、学ぶものを学んでいること(いつか眠りを終えるために)に気付きます。
あなたも、目醒めるために今起こすべきことを起こしているのです。
その位置に立つと、「わたしが目醒めることで問題と思っているものは意味をなくす」ということが解ります。
あなたから「本当の尊敬と調和の音」が奏でられることは、一人に手を差し伸べるよりも、もっとたくさんの人々に影響を与えることになるのです。
同調して共振して、蓋をし合って、可哀想という次元にくっついて、「皆が神である」という真実を視ない方がよほどもったいないことだと思いませんか?
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momoandena@gmail.com
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