誰かの顔色を視ていることに気付いていますか?

「人の顔色をみていますよね?」そう聞かれたら、「そんなことないです」と思うかもしれません。

でも、知らず知らずのうちにわたしたちは誰かの顔色(心)を見て、それに合わせた行動をしているんです。

例えば、「今日は帰りにA子さんとご飯食べたいな、でも忙しそうだし、」

「日曜日、Bさんから会おうと言われたけど、その日は寝ていたいなぁ。でもせっかく誘ってくれたんだし」

「疲れた?休憩する?」「何飲む?あ、わたしも同じものにしようかな」

これらはすべて、誰かの顔色(心)を視て、そこに合わせて行動をしようとしていることです。

自分がどうしたいか、自分の心にはまったく見向きもせずに。

結果として、これを続けていると、「わたしばかり我慢して、気を使っている」と本心の自分と、誰かの顔色を視ている自分との隙間が大きく開いて、イライラとストレスがたまってしまうのです。

ではどうしたらいいでしょう。

ご飯を食べたいなら、「食べよう」と伝える。

「今回の日曜はキャンセルしたい。また体調が整ったら行こうね」と伝える。

「疲れたから休憩しよう」「わたしはこれを飲みたい」と自分の気持ちを表現するのです。

表現することは闘うことでも、相手に反論することでもないのです。
「わたしはこうだよ」と表現する。

「誘ってくれたけど今日はご飯いけないの」と返事がきても、結果がどうであろうと表現することは、自分の本心と一致することです。

だから、「わかった、じゃまた次回行こうね」と表現できるのです。

相手の心を視て、今回はその通りに行動できたとしても、またすぐに違うシーンで同じように相手の心を視なければいけなくなります。

これでは心が疲弊して、なんにもしたくなくなるのは当たり前で、あなたは常に「相手の行動が読めるかどうか」というクイズの中に身を置いているのです。

自分に一致したところから、自分を表現する。

皆がそれを出来る様になれば、誰かの顔色は視る必要がなくなります。しっかりと自分を表現するので、わだかまりがなく風通しの良い関係になります。

きちんと自分を表現する。
そして、自分の世界の中で、自分に誠実に生きる。


「新しい自分で生きて生きたい」と思ったら、自分の中のイエス、ノーを明確にすることからがスタートです。




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