恐怖はデリシャス

「恐怖」ってね、デリシャスなんだよ。そんな言葉をよく並木先生は言っていました。

2018年の春分、もう何年も目醒めということにコミットしてきたわたしは、わたしのすべてを捧げていた、大好きな仕事、大好きな人達からの独立という現実を愛深きガイドの元で起こしたのです。

その時に初めてわたしがいかに仕事と仲間に依存と執着をしていたのか知りました。

ここが自分の居場所だと安心し、どっしりと座り込んで、本当の意味で目醒めて行くという目的をおろそかにしていたことが解り、独りぼっちになってしまうということに「恐怖」しました。

「恐怖」という最大のエゴは「自分が生きたいように生きるなんて大切な人を悲しませることで、そんな自分勝手なことをしたら後悔して廃人になる。自分を殺して周りと調和して生きるのが正しい」とわたしに一生懸命語りかけました。

これはどういうことかと言うと、「この地球での体験を楽しむためには絶対に目醒めてはいけないから、なにかあれば、どんな手を使ってもいいから引き止めてね!」という地球に転生した時に約束したことをエゴは忠実に護っていてくれていたんです。

たくさんの重たい周波数の中で「恐怖」ほど目醒めないように引き止めてくれるものはありません。「恐怖」はエゴを門番に従え目醒めないための「鉄の扉」の役割をしてくれています。

「鉄の扉」も単なるバイブレーションです。

超えられないと思うところを超えた時に新しい世界が開けるのです。

「目醒め」へ向かう道は、険しい山を登った先、もしくは冷たい海の水の中で迎える荘厳な夜明けのように美しいものです。

何度でも美しい日の出を浴びてください。

新しい朝日を浴びたあなたの魂がゴールドの輝きを放つ、それはまるでビーナスが誕生した時のような祝福を受けることでしょう。


わたし自身、夏至を境にした一つの大きな恐怖を終えて、次の「恐怖」を超える時にきています。

だんだん小さくはなるけれど使っている周波数は同じです。

バイブレーションを正面に置いて素直に手放す。それが覚悟なのだと感じています。










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